私の物語 La mia storia

一時帰国前に受けたインタビューが、この度イタリアの新聞「ラ・スタンパ」紙上北西版に掲載されました。帰国日前日だったとこもあり、新聞を取っておいてプレゼントしてくれる人もいて、本当にありがたいことです!
Grazie alla Sig.ra Elisa Schiffo, a LA STAMPA e a Franco Bello Fotografie.
"La vita e le viti ad Asti" - http://lavitaasti.exblog.jp/ GRAZIE!!!

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【ストーリー】
 モンフェッラート地域についてブログにつづる日本人女性
真江は、料理学校受講後にコスティリオーレ・ド・アスティの良さを見出した

この地に暮らし、ブログを通じてこの地での体験を日本へ発信するため、彼女は10年の時を経てアスティへと戻って来た。

太平洋に面した小さな町(多くの住民が漁業に従事する)千葉県(旧)大原町出身の高梨真江は、料理人に向けた講座を設けるICIFを通じてコスティリオーレを知ることとなった。

< 誰もが語り、褒め称える有名なイタリア料理と言うものを知りたかったのです -と、彼女は語る- 18人の若者と共にお城のサロンに到着した時、私は27歳でした。私以外みな料理人であり、彼らは腕を上げるためにやって来ました。私はレストランを開きませんでしたが、郷土料理アニョロッティなどを習い、この地の人々や土地に強く惹かれたのです >

【丘の思い出】
日本に戻って様々な人生経験や職業経験を積み、しかし思いは絶えずバルベーラ*の丘へと向いていました(*アスティ周辺で栽培される代表的な赤ワイン用ぶどう)

< 好奇心から、時々、アスティを旅した同郷(日本)人の話題をネットで探したりもしました -と、彼女はつづける- しかしトスカーナやアルバ周辺の話題ばかりが見つかるのです。アスティ地域の観光について語られるのは、寒い地域であることや観光客の受け入れ態勢、交通網の問題など。なぜなら私たち(日本からの旅行者)は、公共交通を利用して旅することが多いからです。

しかし私は異なる印象を抱いてきました。すべての場面において、すぐに居心地の良さを感じたのです。そして日本の方にアスティの良さを知ってもらいたいと、ここに戻ることを決めました >

このように真江は(アスティ地域を日本へ紹介する)活動に着手し、まず歴史をリサーチ(< 私がなぜこの地に呼び寄せられたか分かりました。数百万年前には、ここも海*だったんですね > )、そしてイタリア語を学び、最終的にモンフェッラートに居を構えた。
(*どうりで太平洋岸に生まれ育った私が、コスティリオーレにひかれる訳です。)

< この地で提供できる素晴らしいことを語るには、まずこの地に暮らすべきだと思いました > そう話す真江は現在アスティに暮らし、コスティリオーレに家を探している。
※その後、同年5月より コスティリオーレ・ド・アスティ / Costigliole d'Asti 在住。

【ぶどうの収穫やトリュフ】
そういう訳で彼女はぶどう畑やワイナリーをまわり、昔ながらの栽培法などを見つめ、ワインを試飲。トリュフ採りを訪ねたりしている ・・・

★ アスティから、ぶどう畑をめぐる旅!
日本語アシスタントが同行します。くわしくは、こちらから!

http://makeyousmileasti.wordpress.com/

★ 【イタリア旅行情報サイト JAPAN-ITALY Travel Onlineにて 「アスティへようこそ! Benvenuti ad Asti」を担当しています。各記事へのリンクは、こちらから。
http://lavitaasti.exblog.jp/22213328/


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by lavitaelevitiasti | 2015-02-14 08:17 | mASae TakanashI  

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